校長/梅沢 辰也 |
アットホームな校風と |
2011年3月11日14:46東日本大震災
そして津波、その後原発事故。
多くの尊い命が奪われ、愛する家族を、帰る家を失いました。
それは、最後の言葉を交わすこともなく、突然に。
そして、今現在もこれからも、終わりの見えない避難所生活が続いているのです。
4月1日私は、災害支援物資運搬で、津波の被害を受けた福島県相馬市と原発20km圏内避難者の二本松市避難所を訪ねました。
震災以来、「被災された方々の気持ちになろう」と努めていましたが、それが傲慢なことだった分かりました。
被災地は前も後も右も左も、見渡す限りずーっと遙か彼方まで「色のない」「音のない」世界でした。残った家屋には船が突き刺さり、大木は逆さまになり根っこを天に向けている。正常と異常を比較する「正常」がそこにはない。
行方不明者を棒でつついて捜索している自衛隊員たち。潰れた家の中からがれきを引き抜こうとしているおじいさんが一人。想像を絶する、受け止めがたい現実がそこにはありました。
更に、福島原子力発電所の放射能漏れ。安全神話は崩れ、私たちの日常が、多くの命の危険の上に成り立っていたと分かったのです。
本校の校訓は「清く直く明るく」です。
清くは「ありがとう」。感謝の気持ちであり、次は自分が誰か何かのためになろうとすること。
直くは「ごめんなさい」。反省をし、次の具体的な行動をとること。
そして、明るくは「おはよう」の挨拶。挨拶とは即ち、あなたの存在そものもが私の幸せであるという表現であり、違いを認め共に生きていこうとすること。
この校訓を掲げる中村が何をできるのか、明確に決意しなくてはならない。
ボランティア活動もあるでしょう。節電は当たり前です。募金活動もできるでしょう。しかし、それが特別であってはいけない。被災地で耐えている日常に対して、私たちの日常で応援をするのです。
今日も、明日も、明後日も、1年後も。
だから敢えて言いましょう。
日本復興の一員として、「志を持って」勉強するのです。
地震・津波が「自然界の猛威」ならば、生徒一人々、唯一無二の存在は、まさに「自然界の奇跡」なのです。想定などというものは作らず、自らも知り得ない「未知なる自分」を求めて、強く深く学びを追求するのです。
そしてこの困難に立ち向かう力をつけるのです。
今日できることを「いつか」に先延ばししてはいけない。
自分でできることなら自分でするのです。誰かと協力するのならば、言葉を発し想いを伝えるのです。大きく活動するならばネットワークを作るのです。
そしてこの志を中村の元気とし、街の元気とし、日本の元気とし、色と音と正常を取り戻すのです。
中村の生徒たちはできると、私は知っています。
何故ならば、すべては人の心が決めるからです。
かく成りたいと願え さらば成就せん






