釣り人が待ちに待った「鮎」のシーズンが今年も始まりました。各地の川に長竿が並んでいます。私も子どもの頃、父と一緒に神奈川県の酒匂川へ、よく鮎釣りに行きました。鮎は清流の女王と言われています。綺麗な水を好みます。そして、鮎は優美なうえに涼しげで、成魚になると主に岩に付着した藻類を食すため、お腹の中が黒くありません。また、鮎の多い川へ行くと甘い香りがすると言われています。鮎には香気があるのです。

しかし、鮎には、このような清楚なイメージからは想像できないような縄張り意識があります。川底の自分の気に入った岩の周辺で過ごし、他の鮎が近寄ってくると追い払う習性があります。自分のテリトリーをしっかり持っているのです。女王と言われる所以かもしれません。

私たちは皆、弱い部分を持っています。しかし、そのもろさが腹黒さを生まないように努力しています。その迷いが邪気を発しないように気をつけています。そのはかなさが倦怠を生まないように意識しています。自分を見つめながら生きているのです。

生徒も自分自身と葛藤しながら、鮎の持つような言動の優美さ、心の清澄を追求しています。自分のテリトリーを持ちながらも、さまざまなことに対応できる柔軟性も養っています。生徒たちのはつらつとした表情を見ると、勢いのある「若鮎」を思い出します。もちろん、生徒の一生は鮎の一生の100倍ですが・・・。

体育祭の競技を観て、走りたくなりました。演技を観て、学年で一つのものを創りあげることは素晴らしいと思いました。応援合戦を観て、高校3年生の企画力・統率力・変化対応力に頼もしさを感じました。当日は、実行委員長、副委員長に体育祭を任せました。4月28日の校長ブログの通り、二人は「二重の虹」を船橋アリーナに架けてくれました。

体育祭では、プログラムに従って入れ替わり立ち替わりさまざまな生徒が活動します。青空を白い雲が移動していくように、フロアに降りてきて自分の役割(競技、演技、応援)を終えると観客席に戻ります。役割が同じでも、役割への取り組み方が一人ひとり違うので、いくつもの白い雲がさまざまな輝きを放ちながら流れていくようでした。

私は「彩雲」を思い出しました。太陽の近くを通りかかった雲が、赤や緑などさまざまな色に彩られる現象です。昔から、良いことが起こる前触れ(瑞相)の一つと言われ、見た人には幸運が訪れるとも言われています。

でも、生徒たちは自分自身の色を持つ彩雲であると同時に、他者の雲を色づける小さな太陽でもあったのです。他者を彩る、他者から彩られる、そんな「二重の虹」も見ることができた体育祭でした。生徒たちに幸運が訪れるかもしれません。

5月15日から3週間に亘る教育実習が始まりました。本校から、東京理科大学(数学科)、女子美術大学(工芸専攻)、東京藝術大学(日本画専攻)、洗足学園音楽大学(管楽器専攻)に進学した卒業生4人が、数学、美術、音楽の授業を中心に、教育活動全般の実習を行います。

4人は授業や担任業務を行いますが、実習生ですので厳密に言うと、教員のように中心になって物事を進め、生徒を導く「主導者」ではありません。しかし、生徒にとっては先輩です。自分たちが中村で学んだことを、先輩という立場から後輩に手渡すことができます。手渡すものは、専門分野の楽しさや奥深さ、学びへの真摯な姿勢、経験と努力の重要性、そして、自分の選んだ路への情熱などさまざまです。多くの場合、先輩たちの言動は後輩たちの心にダイレクトに届きます。成長の機会を与える種が、後輩の心に蒔かれるのです。

108年間受け継がれてきた伝統と、これからの時代に挑もうとする未来性が、卒業生から在校生へと伝わっていきます。この3週間という期間だけ、学校という日常に「伝達者」という風が吹き、見えないカリキュラムとしての特別な場が創造されるのです。種に水をあげるのも、水やりを毎日継続するのも、後輩たち自身です。3週間後の発芽が楽しみです。

5月18日の体育祭まで、3週間となりました。生徒にとって最も魅力ある行事です。6年生の体育祭実行委員長と副委員長が、今年のテーマを「原点回帰」としました。「熱い、勢いのある女同士の闘いという伝統を呼び起こす」という願いを込めたそうです。

2人は各々の持ち味を生かして、体育祭を創りあげようとしています。人の気持ちをよく理解して調整する力を持つ委員長、的確な状況判断で迅速に解決する力を持つ副委員長。大きな行事を運営するには、最良のペアです。

私は2人と話していて、「二重の虹」を思い出しました。色の鮮やかな方を「こう」、色の薄い方を「げい」と言うそうです。1人が鮮やかに役割をこなしている時、もう1人は控え目に役割をこなしています。相補的に支え合う2人の協働は、その場にいる人々に清澄な頼もしさを届けてくれるでしょう。

「二重の虹」には、卒業と祝福という意味もあるそうです。「今までの自分の努力が報われる節目」と「これから幸せが訪れる節目」という意味です。5月18日は委員長と副委員長にとって、他の生徒たちにとって、観戦している方々にとって、そして、私たち教職員にとって特別な日となりそうです。希少価値のある「二重の虹」が、船橋アリーナに架かるかもしれません。

4月13日から授業が始まりました。全学年、全クラスの授業を見学しました。授業開始時の「お願いします」、終了時の「ありがとうございました」という気持ちのよい決意と感謝の挨拶から、生徒の意気込みを感じました。

「鉱物が好き、生き物が好き、理科がものすごく大好き、理科は人生を豊かにするんだよ」と語る先生の熱い思いに、ぐんぐん引き込まれていく中学1年生がいました。「富士には月見草がよく似合う、なぜかな」という質問に、知識と経験を総動員して自分の思考の殻を打ち破ろうとしている中学2年生がいました。「みんな、昨年度と違う感じだね」という先生の言葉に、間髪を入れず「だって大人だもん」と宣言する中学3年生がいました。「近所の寺にあって、東大寺にないものは」という問いに即答する高校1年生がいました。

生徒の元気の源は、「伸びたい」という気持ちです。「山笑う」という季語があります。木々が一斉に芽吹いて山一面が笑っているような春の情景を表す季語です。春は、生徒一人ひとりの新鮮な思いが一斉に芽吹いて、学校全体が生徒の笑顔で満たされる、一番元気を感じる季節です。

「どんな生徒も伸びたいと思っている、その元気の源を、褒めて、励まして、育む」

108年目の女子校における、私の信念です。

長い文章で恐縮ですが、6ヵ年一貫教育を本校で受けた生徒たちへの校長式辞(抜粋)を、今年度の最終話とさせていただきます。

皆さんは2011年4月6日、中村中学校に入学しました。東日本大震災が起こった直後です。皆さんの代表が、入学の言葉で、「大地震に見舞われた東北の学校は、卒業式や入学式も満足に行えず、辛い思いをしています。そんな中、入学式を迎えられることは本当に感謝すべきことであり、今日という日を未来へ向かう出発の日にしたいと思います」と述べてくれました。素晴らしい決意でした。当たり前のようにある日々の生活が、実はかけがえのないものであることを胸に刻み、感謝の気持ちと被災した人々を思いやる気持ちを忘れずに、これからも過ごしていってください。

さて、卒業生の皆さん、今、皆さんの周りにいる人は友だちです。6年間友情を育んできた友だちです。しかし、ただの友だちではありません。中村という同じ学校で一緒に学んできた友だち、つまり、学友なのです。皆さんの学びには素直さがあります。その素直さは、単に従順ということではありません。疑わないという意味ではありません。知らないことをどんどん吸収する素直さです。知っていることに「その通り」と共感することができる素直さです。違うと思ったことに異を唱えることができる素直さです。この学びの素直さが、友だちを「学友」に変えたのです。三つの素直さは皆さんの長所です。この強みを生かして、皆さんは今後それぞれの場所で活躍し、学友を増やしていくことでしょう。

皆さんは18歳です。いままでの人生の三分の一を中村で過ごしたことになります。生まれてから6歳までとは違います。小学校時代の6年間とも違います。心身共に大人の基盤を形作る6年間なのです。中村で過ごした6年間の想い出は、歳を重ねるにつれて、色褪せるところか、心の中で色濃く、そして深くなっていきます。それが、中学高校時代というものなのです。この6年間が皆さんの原点になるのです。お互いに支え、励まし、寄り添い、同じ時間と経験を共有した場所が、この学び舎なのです。清く澄んだ地で育んだ「少女ごころ」は、必ず皆さんの生きる糧となるでしょう。いつでも帰ってこられる母校があります。いつでも集うことができる学友がいます、いつでも応援してくれる師がいます。どうか、安心してグローバル社会に巣立っていってください。

昨年4月の始業式で、私はこの場で、「皆さんに地球を任せます」と言いました。世の中の多くの人は、「地球を任された」という意識を持っていないかもしれませんが、この「未来の地球を担っているという意識」こそが、これからのグローバル社会で必要なことなのです。まず、自分を見つめましょう。次に、周囲の人に目を向けましょう。さらに、地域に視野を広げましょう。日本を考えましょう。そして、国境のない地球を意識しましょう。その時に大切なことは、中村の校訓「清く 直く 明るく」です。この豊かな人間性が、人と人とを繋ぐ土台となるからです。皆さんなら、「地球を任された一期生」として、多くの人々と繋がっていくことができます。一人の力ではなくチームの力で社会に貢献することができます。美しいハーモニーを奏でる協奏社会を創り上げることができます。

保護者の皆さま、お嬢さまのご卒業、誠におめでとうございます。中村中学校入学前に書いていただいたアンケートの中に、「人として成長してくれることを切に望みます」というお言葉がありました。お嬢さま方はこの6年間で、清く直く明るい人に成長しました。これもひとえに、保護者の皆さまの深い愛情に基づいたご成育の賜物だと思っております。また、私どもへの力強いご支援に心より感謝申し上げます。そのおかげで今日という日を迎えることができました。本当に、ありがとうございます。

卒業生の皆さん、結びに、私からの最後のメッセージをお届けします。「幸せになってください」幸せは自分の外にあるものではありません。環境によって与えられるものでもありません。幸せは自分の心の中にあるのです。自分を認めてあげましょう。今の自分にOKと言ってあげましょう。自分を褒めてあげましょう。皆さんは3年前に夢見る乙女を卒業し、希望を追究してきました。これからも、希望を現実のものにするために、強い意思を持って学び、考え、行動し、一人ひとりのグローバルキャリアをデザインしてください。皆さんに幸多かれと、心よりお祈りして、式辞といたします。卒業、おめでとう。

今日は桃の節句です。我が家でも先週、長女と次女のお雛様を当事者不在の中で飾りました。雛祭りは女の子の健やかな成長を祈る行事です。親であれば、娘の成長を願わずにはいられません。3月3日は、心も身体も健やかに育ってほしい、幸せになってほしいという思いを再確認する機会でもあります。

先日、高校3年生が私を訪ねてきました。大学受験の真っ最中で、これから国立大学受験を控えた時期でした。「先生、受験でかなり遅れてしまったのですが、これ、チョコレートと紅茶です」と言って、バレンタインの贈り物を持ってきてくれました。私立大学受験が一段落していたとは言え、数日後に第一希望の国立大学を受験するというタイミングだったので、私はかなり驚きました。自分のこと(大学受験のこと)で目一杯になるのが普通の高校3年生です。人のことまで考える余裕がなくなっても不思議ではない年齢です。なぜこのような心遣いができるのでしょうか。

この生徒は、昨年夏の学習合宿に参加しました。1日10時間の授業と自学自習、全日程で合計60時間の勉強漬けの合宿です。クラシックバレエの発表があったため、7日間に亘る合宿の3日目からの合流でした。全員必修ではなく希望制のプログラムだったので、申し込みをしないという選択肢もありましたが、この生徒は5日間のために、一人、新幹線に乗って新潟まで来ました。そして、すべきことを確実にこなし、合宿の数日後にはイギリスに旅立ちました。高校3年生、受験の夏に、「トビタテ!留学JAPAN」日本代表プログラム高校生コースの選考を通過し、2週間ロンドンのバレエ学校のサマースクールに通ったのです。

他者に対して、気配りや思いやりを持って接することができる人は、心に余裕がある人だと言われます。もちろん、時間の有効利用や優先順位に対する意識を持つことも必要ですが、そのためにも自分を客観視できることが求められます。自分の思考や行動を冷静に評価し、改善点を具体化し、行動を継続することができる人が、心に余裕がある人です。がむしゃらに両立するのではなく、過去に学び、今を見つめ、先を見て行動していくことが、他者へのまなざしや心遣いを生み出していきます。

上述の高校3年生には、このようなメタ認知の機能が備わっています。どんな状況であっても、また、日程が重複したり接近していても、「大変だな、無理かな」と考えるのではなく、「どうやったらすべてこなせるか」という思考を冷静に生むことができるのです。このような、心の健やかな成長を、今日の桃の節句で祈りたいものです。

2月18日(土)に、「第1回新入生と保護者のための説明会」が行われました。春を迎えた新入生たちは、穏やかな顔つきで説明を聞いてくれました。私は、「今までは、保護者、小学校の先生、塾や習い事の先生という3つの頂点を持つ正三角形の中心に皆さんがいて、大人に守られて過ごしてきました。でも、これからは、皆さん、保護者、中村の先生という頂点を持つ正三角形に変わります。皆さんは守られている立場から、自立への路を歩み始めるのです。中心には夢があります。その夢を大切に育てていきましょう」という話をしました。一人でできることは確実に実行する、すべきことには努力を惜しまず取り組む、やりたいことに挑戦する。このような心構えを、中学校入学までに身につけてほしいという願いを込めてお話ししました。

このような主体性を抱いて生活することは、簡単なことではありません。しっかりとしたセルフコントロールが必要だからです。しかし、新入生の皆さんは中学受験を通じて、この自己管理の力を知らず知らずのうちに身につけています。時間を操ることができるのです。メリハリをつけ、優先順位を考え、小学校でやるべきことと中学校への入学準備を両立させることができるのです。受験をやり遂げた自分を褒めてあげてください。そして、支えてくれた人達に「ありがとう」という気持ちを持ち続けてください。この自信と感謝の気持ちは、必ず皆さんを大きく成長させてくれます。

小学校5年生の皆さんは、来年の2月には受験を迎えます。2月25日(土)に行われる「中村中学校学校説明会〜新6年生集まれ!」では、入試問題を使って勉強会をします。皆さんが焦らず落ち着いて勉強できるように、4教科の学習ポイントなどをアドバイスします。勉強は学力を身につけると同時に、人間力も身につけることに繋がります。どちらも一朝一夕には習得できませんので、地道に、コツコツと、諦めることなく持続させることが必要です。勉強したくない日もあるでしょう。辛くて投げ出したくなる日もあるでしょう。そんな時こそ、自分で自分を励ましましょう。何回心が沈んでもいいのです。その度に、自分の心にきちんと向き合い、諦めずに行動する自分を育てていけばいいのです。日々の生活の中では、学力や人間力の習得を実感することはないかもしれませんが、「努力すれば必ず成長する」のです。真剣に取り組む時間が長ければ長いほど、「力」は大きく、広く、深くなるのです。

皆さんは一人ではありません。お母さんやお父さんがいつも寄り添ってくれています。小学校の先生が見守ってくれています。塾や習い事の先生が支えてくれています。自分を応援してくれる人たちに感謝の気持ちを持って、前を見て、着実に進んでください。私は、小学校5年生の皆さんが、今、この瞬間から主体性を持って日々の勉強に取り組んでくれることを信じています。

2月1日(水)、2日(木)の2日間に亘って中学校入学試験が行われ、コンピテンシー入試(一般入試・特待生入試)、ポテンシャル入試という3種類の入試に受験生が取り組みました。緊張した面持ちで会釈する受験生、笑顔で挨拶をする受験生、「よろしくお願いします」と言いながら受付に向かう受験生など、一人ひとりが自分と向き合いながら来校しました。

「頑張ってほしい」という思いを笑顔で明るく伝えて、受験生と保護者の方を迎えました。受付で受験生に私からの「応援カード」をお渡ししました。少しでも緊張を和らげて試験に臨んでほしいという思いを込めて、2月1日一般入試受験生には「清く澄んだ気持ちで!」「『どきどき』を『わくわく』に!」、2月1日特待生入試受験生には「実力を素直に丁寧に出そう!」「今までの自分を信じよう!」、2月2日一般入試・ポテンシャル入試受験生には「笑顔で気持ちにゆとりを!」、2月2日特待生入試受験生には「頑張っている自分を褒めてあげよう!」「『いつもの自分』で力を発揮しよう!」というメッセージを自筆で書き込んだカードを贈りました。

中学入試は受験生にとっては大きなトランジション(転換期)です。しかも、数年という年月をかけて経験する「節目」です。自分の意思で私立中学校に行くと決め、自分の意志で中学入試の勉強をし、自主自律型の学習者として毎日を過ごしてきた小学校6年生が昨日、一昨日、受験をしたのです。保護者の深い愛情と支援に包まれながら過ごしてきた自分を信じて、全力を出し切ったのです。

この経験は受験生にとって、単に「受験をした」というものではありません。もちろん、「合格した」というものでもありません。行為や結果だけが残るのではなく、受験を決意した日から受験日までの「プロセス」として残るのです。嫌々勉強していた時もあったでしょう。親に叱られた時もあったでしょう。自分を情けなく思った時もあったでしょう。そして、中学入試を止めようと思った時もあったでしょう。その度に、自分と向き合い、自分と戦い、自分を鼓舞し、乗り越えてきたのだと思います。

受験生の皆さん、今までの自分を褒めてあげてください。皆さんは他の8割近い小学生が経験しないことに取り組んできたのです。皆さんは決められた路を歩いてきたのではありません、皆さんが歩いてきたところが路になっているのです。自分の未来を自分で切り拓いてきたのです。遠慮することはありません。思い切り、今の自分も褒めてあげましょう。そして、受験日をゴールと思って立ち止まらないで、スタートだと思って駆け抜けてください。受験中の皆さん、今日は節分、明日は立春です。春に向かって歩み続けてください。心に灯をともし続けてください。保護者の皆さま、今まで通りしっかりと寄り添ってあげてください。

1月9日(月)成人の日に、130名ほどの卒業生が来校しました。「成人の集い」です。地元で成人式を終えた卒業生達が華やかな装いで集まり、母校で成人を祝う会です。卒業生の運営委員8名が企画・準備・運営をし、私達教員も招かれました。中学校1年生、12歳の頃を知っている学年教員にとっては、非常に感慨深い場面でした。「あの子ども達がこんなに素敵な女性になったんだ」「話す内容も大人だ」「これからが楽しみだ」「この卒業生達がこれからの地球を担っていくんだ」等、さまざまな思いが浮かんでくる、温かく、そして頼もしさを感じる時間でした。

新成人との会話は大人同士の、心地よいキャッチボールでした。数名の卒業生から「ホームページの校長ブログを読んでいます」という、嬉しい言葉をもらいました。卒業生が母校にいつも思いを寄せてくれていることを実感し、喜びと同時に責任の重さを再確認しました。ある卒業生は、「体育祭についてのブログがよかったです。優勝を逃したチームに、顔を上げ、胸を張り、自信を持って閉会式に臨みましょうと言ってくださった所に感動しました」という感想を述べてくれました。20歳になるとこのような、物事の本質を捉えた考え方ができるのだなと、改めて着実な伸長を感じました。

中学校・高等学校の6年間は大きく、深く、太く成長する過程です。最初のうちは自分を中心として生活しています。自分の経験と自分が感じたこと、思ったことを土台にして言動がなされます。感じたことや思ったことをすぐに発言し、それに基づいて行動します。つまり、「自分に見えている世界」の中だけで言葉を発して行動していることになります。このように外に出された言葉や行動は、他人が聞く、見るという形で受けとめられます。つまり、自分に見えている世界からアウトプットしたのものが、「他人が見ている世界」の中でインプットされるということです。中学生の時はこの二つの世界に食い違いがあるかもしれません。しかし、高校生になってくると、この相違が徐々に縮小されてきます。言った人の思いと聞いた人の思い、行為を行った人の気持ちと行われた人の気持ちの重複部分が広がってきます。新成人の言動はまさに、自分に見えている世界と他人が見ている世界の一致に向かっていました。私が頼もしさを感じたのは、会話をしていた卒業生にこのような大人の思考を感じたからだと思います。

中学生・高校生には、自分の言動が他人にどのように受けとめられるか考えてほしいと思っています。もちろん、会話や行動をする際に萎縮する必要はありません。明るく、伸びやかに、飾ることなく言葉を発し、行動すればいいのです。大切なことは、他人の思いや気持ちに寄り添えるような思考をするということです。そして、その前提として、自分の言葉と行動を一致させるということです。「言っていること」と「やっていること」が一致している、つまり、自己矛盾がない状態に、6年間で達してほしいと願っています。