10月14日(土)に、中学校第3学年保護者会を行いました。高校入学を半年後に控えた生徒が、義務教育を受けている中学生から自らの意志で学びを追求する高校生へと、意識を変えようとしている時期に行われる保護者会です。

夢見る乙女から主体性のある女性へ変わろうとしている生徒がいます。何とか努力を持続させようとしている生徒がいます。できるのにやらない自分の弱さをどうにかしたいと思っている生徒がいます。すべきことから逃げずに立ち向かおうとしている生徒がいます。もちろん、夢を実現するために、強い気持ちを持って行動し、それを続けている自律した生徒もいます。

どんな生徒でも自己変革を希求しています。その意志をしっかりと受けとめ、寄り添い、支え、背中を押してあげることが大人の役割です。すべての保護者の皆さまが我が子に「幸せになってほしい」と願っています。その切なる願いは私たちの心にひしひしと伝わってきます。しかし、気持ちは言葉にしないと伝わらない時があります。ましてや、生徒が悩んでいる場合には、言葉だけでなく行動に表さないと伝わりません。

私たちは生徒を言葉で褒めます、言葉と行動で励まします、そして、言葉と行動と気持ちで育みます。私たちの教育活動の根底には、保護者の皆さまの我が子への「生まれてきてありがとう」という感謝の言葉があるのです。

10月21日(土)、22日(日)に清澄祭(文化祭)が開催されます。今年のテーマは、

「宝箱 〜The GIRLS are The KEYS〜」です。

高校2年生の生徒実行委員長と副委員長が考えました。「宝箱の鍵は女の子である」「重要なのは女の子である」という二つの意味で “KEYS” を使ったそうです。自分たちの宝箱を自分たちの鍵で開けたり閉めたりする。そんな営みが個人の中で完結されるのではなく、クラスや部活というコミュニティーの中で、友だち、先輩、後輩、先生など多くの人と協力して行われます。それが清澄祭という一つの文化の祭典を創り出します。

しかし、豊富な知識や技能だけを基にした直線的思考では、宝物を産み出すことは困難です。寄り道をしたり、回り道をしたり、立ち止まってみたり、何か別のものとリンクさせてみたり、自分や他者の意見を考え直してみたり・・・。限られた準備期間の中でこんなプロセスを大切にしながら、生徒は思考を豊かにし、協働して、宝物を創り出していきます。このような思考を「グルグル思考」と言っている方もいます。先入観を持たず、無駄に思えることにも考えを巡らせ、柔軟に目標に向き合っていく思考です。

「グルグルGIRLS」の宝物が一杯詰まった清澄祭です。ご来場いただくすべての方々が、ご自分の宝物を見つけてくださることを願っています。

現代はバーチャルリアリティの時代です。実物ではないのに、機能としての本質は同じであるような環境を理工学的に作り出してしまいます。何でも画面上で事足りる世の中かもしれません。秋桜を見たいと思ったらネットで検索すれば、各地のさまざまな品種をいくらでも見ることができます。

こんな時代に実物を見たいと思う人がどれくらいいるのでしょうか。でも、「秋桜が見たい。よし、花屋さんに買いに行こう」と思う人がきっといます。「秋桜が見たい。よし、今度の休みに武田川コスモスロードに行ってみよう」と思う人もきっといます。時間をかけて行動しようとする人たちです。

本物を見て、秋桜の可憐さの中に力強さを感じる人、その色彩に魅せられる人、群生の中の一輪一輪に自立を感じる人が必ずいます。「面倒くさい、手っ取り早く」と思わずに、リアリティを追求する心を大切にする人が必ずいます。中には、秋桜の種を手に入れて、自宅のプランターや庭に植えて、きちんと水をあげて芽が出るのを待ち、その生長を楽しみ、根気強く育てて、花が咲くのを待つ人もいます。

「これが王道だ、仮想現実はダメだ」などと言い張るつもりはありません。ただ、「種から花を咲かせよう」と考え、実際に行動できる中学生・高校生が、この先、力を合わせて創り上げる社会でどんなハーモニーを奏でるか、聴いてみたいと思っています。

先週、学校説明会を行いました。生徒が自分の進む路を考える「キャリアデザイン授業」、学力が伸びる「授業と授業外サポート」、グローバル意識を育てる「国際理解教育」、入試の「募集要項」など、小学生・保護者の皆さんの立場に立って、丁寧な説明を心がけました。

冒頭、私から小学生の皆さんにメッセージをお届けしました。「主体性は素直さに繋がり、それはスポンジのような吸収力を生み出す」「中村は108年目の女子校であり、生徒の伸びたいという気持ちを大切にして、人を育てる学校である」「人の話を聴く姿勢を身につけることが大切である」ということをお話ししました。

灰の中に入れた炭の熱で香木を温め、出た香りを楽しむ「香道」では、香りをかぐことを「香りを聞く」と言います。精神が清らかになり、心の状態が分かるからだと言われています。明治時代以降は茶道や華道とともに、女学校でも教えられていたこともあったそうです。

自然の中で偶発的にできた香木は、いったん焚いてしまうと、二度と同じ香りをかぐことはできません。ですから、「香りを聞く」必要があるのです。人の話も同じです。発せられた言葉だけを耳で聞いていたら、話し手のその時の思いを受けとめることは二度とできません。大切なのは、「言葉を聞く」ことではなく、その言葉の奥底にある「心を聴く」ことです。一人の人間として人と協働するための基本です。

中学校3年生を対象に、「中村高等学校進学説明会」を行いました。毎年、9月、12月、3月の3回に亘り行われる説明会で、今回は、「自分を高める、他者を尊重する高校生に!」というテーマで、私がキャリアコンサルタントとしてお話ししました。

「3年生には欲張って吸収する素直さがある」「夢見る乙女は卒業して、強い気持ちと地道な行動力を備えた希望を抱こう」「感謝すると相手も自分も嬉しい気持ちになり、心が整う」「人との比較ではなく、自分の過去・現在・未来を比較して自分を高めよう」「人の話を耳で聞くのではなく心で聴こう」「今、ここでできることから始めよう」

生徒たちは真剣に話を聴いて、今の自分にとって大切なことを受けとめてくれたようです。生徒の振り返り用紙には、「夢という妄想から卒業し、希望という現実性を抱いて取り組んでいきたいです」「これからは自分の意志でやる、やらされるのではなく自らやる」など、未来志向の言葉が書いてありました。

生徒一人ひとりが、自分という樹の「根」を意識するきっかけになったようです。その根は『星の王子さま』に出てくる「バオバブの根」ではありません。星を突き通して破裂させるような根ではありません。人の心を100%理解しようとし、他者を尊重する根です。将来、地球上に、凜とした幹と多くの葉と個性的な花を生み出す根です。

夏休み前、高校2年生が訪ねて来ました。授業を担当しているわけではないので、用件を予測できませんでした。その生徒は、「ある大学の全国高校生英語弁論大会に応募したいのです。テーマは、“Thinking Globally, Acting Locally”です。どんなことを書いたらいいのか迷っています。」と話し始めました。

生徒が自らの意志で、アカデミックな課題に取り組もうとしている時に、「こういうことを書いたらいいんじゃない」と示すことは、愚の骨頂です。生徒の成長の機会を奪うことになるからです。独創性を封じ込めてしまう可能性があるからです。試行錯誤という伸長のプロセスを埋没させることになるからです。

生徒と私はまず、「グローバル」について話し合いました。ホワイトボードを使って、その本質に迫っていこうとしました。たまたま居合わせた下級生たちは、先輩と校長との一対一の熟議に興味津々でした。「実は過去、蕾は現在、花は未来」と記した人がいます。私はこの生徒の「蕾(つぼみ)」を膨らませることに集中しました。花を咲かせてしまわないように細心の注意を払いました。花は自分で咲かせるものです。蕾を大きくすることが私たち教師の役割です。夏休みという長い時を経て、この生徒がどのくらい蕾を大きくし、どんな花を咲かせたのか。こんなことを考えながら、夏休み最後の日を過ごしています。

桜は春に花を散らせた後、葉を茂らせます。私たちは普通、翌春まで桜の花のことを考えません。早春になって枝につぼみを見つけてはじめて、開花を意識します。

桜は花を散らせた後、夏から秋にかけて気温の高いうちに花芽(生長すると花となる芽)をつくるそうです。花芽は冬が始まると一度生長を止め、寒さが厳しくなると目を覚まして再度生長を始め、気温が上がるにつれて一気に生長して、つぼみをふくらませ開花します。約1週間という短い期間に花を咲かせるために、夏、秋、冬という長い時間をかけて、開花の準備を黙々としているのです。梅雨の水滴を受けとめ、夏の暑さに耐え、秋の気温の低下を体感し、冬の厳しい寒さを乗り越え、つぼみをつくり、可愛い花を私たちに提供してくれるのです。

高校3年生は翌春の「さくら咲く」を目指しています。今春の先輩たちの桜の花を、しっかりと心に留め、今、梅雨を過ごしています。夏に「休眠」するわけにはいきません。ましてや、冬に休眠するなどもってのほかです。夏の暑さに負けず、秋のもの悲しさに焦らず、冬の寒さをものともせず、春まで邁進していきます。高校3年生に「休眠打破」は存在しません。心には、常に灯をともし続ける「聖火」があるのですから。一人ひとりが、それぞれの大切な花を咲かせることを信じ、心から応援しています。明後日からの学習合宿(6泊7日)、一緒に全力を尽くしましょう。

植物の世界には、早く成長して実がなる「早生(わせ)」と、遅く成長して実がなる「晩生(おくて)」があります。子どもの世界でも、最初から聡明でさまざまなことを達成できるタイプが神童と言われたり、徐々に頭角を現していくタイプが大器晩成と言われたりします。

先日新館で、全校生徒の推薦本が収納されている「私の1冊」という書棚の前で、生徒が選んだ書籍を見ていた時、一人の高校3年生が私の隣に来ました。「本が好きなの?」と尋ねると、「この書棚にある本は、ほとんど読んでしまったものなんです。暇さえあれば、時間を忘れて本を読んでしまうので、困ってるんです。」と、会話が始まりました。

「評論やエッセイも読みますが、小説が多いです。」「フランソワーズ・サガンは読んだ?」「まだです。気がつくと朝になっている時もあるんです。」「分かるよ。私も高校・大学の時、徹夜で読書して、そのまま授業や講義に行ったことが何回もあったから。」「読んだ本は手元に置いておきたいので、どんどん本が増えていくんです。」

和やかな心の会話でした。この生徒は一般的な高校生より読書量が多いという点では、早生かもしれません。しかし、これからも読み続けていくという意味では、晩生かもしれません。もちろん本人にそのような意識はありません。無意識のうちに、自分の可能性を広げる知的な営みを継続しているのです。

これから、どんな花を咲かせ、どんな実をつけるのか、楽しい想像がふくらんでいくひとときでした。

釣り人が待ちに待った「鮎」のシーズンが今年も始まりました。各地の川に長竿が並んでいます。私も子どもの頃、父と一緒に神奈川県の酒匂川へ、よく鮎釣りに行きました。鮎は清流の女王と言われています。綺麗な水を好みます。そして、鮎は優美なうえに涼しげで、成魚になると主に岩に付着した藻類を食すため、お腹の中が黒くありません。また、鮎の多い川へ行くと甘い香りがすると言われています。鮎には香気があるのです。

しかし、鮎には、このような清楚なイメージからは想像できないような縄張り意識があります。川底の自分の気に入った岩の周辺で過ごし、他の鮎が近寄ってくると追い払う習性があります。自分のテリトリーをしっかり持っているのです。女王と言われる所以かもしれません。

私たちは皆、弱い部分を持っています。しかし、そのもろさが腹黒さを生まないように努力しています。その迷いが邪気を発しないように気をつけています。そのはかなさが倦怠を生まないように意識しています。自分を見つめながら生きているのです。

生徒も自分自身と葛藤しながら、鮎の持つような言動の優美さ、心の清澄を追求しています。自分のテリトリーを持ちながらも、さまざまなことに対応できる柔軟性も養っています。生徒たちのはつらつとした表情を見ると、勢いのある「若鮎」を思い出します。もちろん、生徒の一生は鮎の一生の100倍ですが・・・。

体育祭の競技を観て、走りたくなりました。演技を観て、学年で一つのものを創りあげることは素晴らしいと思いました。応援合戦を観て、高校3年生の企画力・統率力・変化対応力に頼もしさを感じました。当日は、実行委員長、副委員長に体育祭を任せました。4月28日の校長ブログの通り、二人は「二重の虹」を船橋アリーナに架けてくれました。

体育祭では、プログラムに従って入れ替わり立ち替わりさまざまな生徒が活動します。青空を白い雲が移動していくように、フロアに降りてきて自分の役割(競技、演技、応援)を終えると観客席に戻ります。役割が同じでも、役割への取り組み方が一人ひとり違うので、いくつもの白い雲がさまざまな輝きを放ちながら流れていくようでした。

私は「彩雲」を思い出しました。太陽の近くを通りかかった雲が、赤や緑などさまざまな色に彩られる現象です。昔から、良いことが起こる前触れ(瑞相)の一つと言われ、見た人には幸運が訪れるとも言われています。

でも、生徒たちは自分自身の色を持つ彩雲であると同時に、他者の雲を色づける小さな太陽でもあったのです。他者を彩る、他者から彩られる、そんな「二重の虹」も見ることができた体育祭でした。生徒たちに幸運が訪れるかもしれません。